賢友流空手道のルーツ


賢友流空手道のルーツ

 
 私は開祖の友寄隆正(1907-1977)が6歳から親戚の新垣、粟根両師範のもとで空手を学び始めた賢友流空手道の現在の第三代宗家会長友寄愛子と申します。開祖は15歳で那覇に着き、宮城長順先生(1888-1953)のもとで約4年間修行し、那覇手の創設者である東恩納寛量先生(1853-1916)の一番弟子となったのです。その後、大阪に移り、2年後の1929年、糸東流の創始者である摩文仁賢和(1889-1953)に弟子入りした。その後、1929年に糸東流の創始者である摩文仁賢和(1889~1953)の弟子となり、独自の指導法と生来の武道的素養で空手指導に秀でた最高の門生となった。26歳のとき堺で道場を開き、西成区梅通、大阪市城東区今福西に道場を移した。
 その後、摩文仁賢和宗家の認可を得て、独自の流派「賢友流」を創始した。
 この流派の名前は、摩文仁賢和の「賢」と友寄の「友」を合わせたもので、「友」は「ゆう」と読みます。
 祖父が亡くなった後、その息子であり私の父で、第二代宗家会長友寄隆一郎(全日本空手道連盟八段・範士)が会長に就任しました。
 第二代宗家は中国に渡り空手の研究をし、今の賢友流の形を確立しました。海外にも度々行き広く指導し現在があります。
 現在は、2014年から私が宗家を務めています。

 武道・賢友流の普及は、青少年や大人に健全な原理原則を伝え、健全でバランスのとれた成長のために武道の価値観を教えることがとても重要です。

 賢友流は現在、日本とイタリアだけでなく、ブラジル、アルゼンチン、インド、コロンビア、台湾、中国にも存在し、日本空手連盟と世界空手連盟に所属している。
 イタリアとヨーロッパでは、私の父、友寄隆一郎から直接教えを受けたクラウディオ・チカレラ7段が、ティヴォリ(ローマ)に本部道場を構えています。

 現在、賢友流空手道の門下生であるアドリアーノ・ピッコーニ4段がアディスアベバに移り住み、地元で賢友流の教えを広める準備をしている。
 そこで、私は賢友流空手道の普及と、とりわけ、貴連盟が認める流派に加えることを許可してくださるようお願いする次第である。
 そして、この美しい協力関係をさらに発展させることができればと願っています。
敬具


賢友流空手道第三代宗家会長
友寄愛子

 
トップへ戻る
タイトルとURLをコピーしました